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 ピピピピ、ピピピピ
 三日ぶりに眠りにありつけた俺を、無慈悲にも目覚まし時計が「起きやがれ、悠人!」と、がなりたてている。流石に目覚ましに「もう五分眠らせてくれ」と、言っても通じるわけもないので、眠い目を擦りつつゆっくりと起きる動作をする。
 「ふぁ~あ……」
 我ながら間の抜けた声をあげたなと思いながら、ベッドの上でピンッと背伸びをして眠気を払いにかける。完全に眠気がとんだところで、俺はパジャマを脱いだ。新品みたいに皺一つついていないワイシャツに袖を通し、窓にかかっている水色のカーテンを開け部屋に陽光(ひかり)を射れた。
 「悠人~、ちゃんと起きた~?」
 ピンポーン、とチャイムを鳴らして、いつも定時に俺が起きているか確認しに部屋へとやってくるのは、俺の幼馴染の支倉久遠(はせくらくおん)だ。……ちなみに俺が寝ている場合、合鍵で部屋に入ってきて俺を起こしてくれる。彼女(こいつ)とは、物心がつく前からずっと一緒で、産まれた病院から誕生日まで同じ。そして家は隣同士と見事なまでに腐れ縁が続いている。
 だから親は久遠のことをよく知っているし、そんな久遠だから合鍵を預けたのだそうだ。……俺一人だけだと頼りないからだとか両親は言っていた。もっと一人息子である俺を信用してもいいと思うんだがな。
 俺が久遠のことを一言で表わすのなら、『極度の世話好き』だ。彼女は兎に角、人の世話を焼いてくる。それも身内や親しい者なんかには、過剰と言っていい程にだ。
 高校を卒業して、やっと親元を離れて一人暮らし(アパートの205号室に住んでいる)をするようになったっていうのに、引っ越した先にまで彼女はやってきた(それも俺の隣の部屋にだ)。まあ、そのおかげで俺の部屋は散らかっていないんだけどな。ワイシャツの一枚一枚全てが皺一つないし、洗濯物だも溜まることはないのだ。熱い味噌汁だって毎朝飲めるのだ!!
 ……うわっ、俺って全部久遠任せじゃん!でも今は会社が忙しいから、何をするにも時間が足りないんだよな……。
 「悠人?勝手に入るよ~」
 声からしてもう俺の寝室の前に立っているようで、考えることに没頭して久遠に返事をするのを忘れていた俺を、寝ていると思ってこれから起こしにかかろうとするようだ。
 「ああ、すまん。起きているぞ、久遠」
 ドアを開けて久遠の顔だけが寝室に入ってきた時に、俺はそう久遠に言った。近頃は会社で寝泊りをして仕事をこなしていたので、久遠の顔を見るのをずいぶんと久しぶりに感じる。……とはいってもたったの三日ぶりだったりするのだが、それでも久遠が、正確に言うのなら久遠の料理が恋しいと思っていたのだ。こいつの料理は一級品だからな。
 「もう、起きているならそうと早く答えてよ……」
 非難する久遠も言葉とは裏腹に表情は嬉しそうだった。久遠(こいつ)の場合はテレビが目的だったりする。なにせこいつは壊滅的なまでの機械音痴でテレビを点けて、チャンネルを変えるなどという簡単な行為でさえ駄目だったりする。
 家事に必要な機械製品の扱いは、俺や久遠の両親と実施した血の滲(にじ)むような猛特訓のおかげで出来るようにしたが、その間殉死した(故障ではないところがミソだ)機械製品は、洗濯機が4、電子レンジ2、掃除機3、アイロン3、電話機3、炊飯器3という数だ。
 テレビやビデオといった娯楽等の製品のものなど、家事には必要のないものは全て、久遠が扱うのを久遠の親が禁止にしていたため扱えなかったりする。ちなみに久遠は車やバイクは、親に一生涯諦めなさいと通告されていたりする。そのため久遠は大学に行く時は、自転車で行くか俺が車で送るかのどちらかになる。久遠の通う学校は、俺の通勤路に位置しているからついでに乗っけているというのだ。
 「それじゃあ、朝ご飯作るね」
 久遠は俺が起きていることがわかるとすぐさま、朝食の準備にとりかかるためにキッチンへと向かっていった。
 俺は久遠が飯を準備する間に、会社に行く準備にとりかかる。それが日常(いつも)の生活……。……この忙しかった三日間には常に違和感が付き纏っていると感じたくらいだ。
 「悠人、テレビつけて~テ・レ・ビ♪」
 久遠は久々にテレビが見れると心が弾んでいるせいか、足取りまで軽い。だが、そのせいでお盆で料理を運んでいる久遠が、やけに危なっかしく見えた。
 「はいはい」
 少しだけ苦笑して、久遠の要求を叶える。そうしないと久遠は俺に朝食を渡さないからだ。以前、この要求を蹴った時なんか、久遠は飯を没収するという暴挙に出たことを俺は今でも鮮明に覚えている。
 「え~と、これがいいかな……。悠人~、目覚めのテレビにしてね」
 新聞を見ながら、久遠は弾んだ声で見たい番組名を俺に告げた。俺は久遠の注文通りにした後、テーブルに並べられた久遠特製の朝食を食べ始めた。その俺の正面には、テレビを幸せそうな顔で堪能している久遠がいる。今の久遠なら頬を引っ張ってもきっと気付かないだろうなと考えつつ、箸をすすめていく。
 「いひゃいよ、ひゅうほ(痛いよ、悠人)」
 ……訂正、俺は無意識のうちに左手で久遠の頬を引っ張って遊んでいたらしい。ふむ、よくあることだな。抗議の声?を上げる久遠を無視して、俺はもう少し頬を引っ張る感触を楽しむことにする。
 「ふぁひゃく、ふぁにゃしゅてふぉ~(早く、離してよ~)」
 「く、久遠、ついに言語障害まで……」
 ああ、嘆かわしいという表情をつくって久遠をおちょくる。
 「ひゅうほ!(悠人!)」
 久遠は怒っているというのに、頬を引っ張られている所為で迫力が全然ない。それどころか、涙目でみつめてくるその姿が(本人にしては、睨んでいるつもりなんだろう)、俺には可愛らしく感じてしまう。
 ……はっ!?和んでしまった。
 「すまん、すまん、そんなに怒るなって。そうだよな、言語障害じゃないもんな。新しい言語『支倉語』を話しているんだもんな」
 久遠の弁明(勝手にそう判断した)を受け、俺は自分の非を漢らしく認めた。もちろん可哀想なものを見るような目つきで久遠のことを見ることを忘れずにだ。
 「そろそろ離してやるか……」
 たっぷりと久遠で遊んで満足したので、開放してやることにする。
 「悠人のぉ~、バカ~」
 久遠の怒鳴り声を聞き流し、テレビに映っている時計を横目で見る。一頻り叫んで楽になったのか久遠は素に戻った。
 「おっ、そろそろ時間だな。ほれ行くぞ、久遠!」
 椅子にかけておいたスーツの上着を着込んで、ネクタイを締めなおす。その間に久遠は、拗ねながらもきっちりと食器を洗い、棚へと戻す作業をこなしていた。
 「あっ、待ってよ。悠人~」
 久遠はあたふたとテーブルに立てかけておいた鞄を持って、俺の後に続いて玄関から出ていった。
 空は蒼く、曇は一つもない。太陽は10月だというのに、じりじりと俺たちを照らしている。睡眠不足だというのにこの仕打ちは正直きついと心の中では涙を流していた。
 「悠人?早くいかないと遅刻しちゃうよ」
 久遠は車の前で俺が来るのを急かした。
 「ああ」
 久遠に返事を返しつつ、ロックを解除する。それに遅れること数瞬、俺は久遠の為に助手席のドアを開けた。久遠が座るのを確認したらドアを閉めて、運転席へと移動する。
 音楽を流しながら、のんびりと俺は運転する。ここから久遠の通う私立天海(あまみ)大学まで自転車で45分、車では17~19分という距離だ。その間、久遠はいつも俺が適当にかける音楽を聞いたり、窓の外を眺めていたり、俺と喋ったりして時間を潰している。
 俺の勤めている会社は、この天海大学前の通りを直進して三つ目の信号を左に曲がったところにあるから、久遠を降ろすとすぐに職場につける距離だ。
 「悠人、今日は何時ごろ仕事終わるの?」
 この手の質問は、久遠が俺の車で登校する時に必ずといっていいほど訊いてくる。何故ならそれによって久遠の下校手段が違ってくるからだ。俺の仕事が早く終わる時には帰りも俺が送り、遅い場合は友達に送ってもらっているらしい。
 「そうだな……。今日は仕事がやっと一段落着いたから、早く帰れるぞ」
 明日からまたしばらくの間、缶詰だけどな……。
 「そうなんだ、じゃあ帰りもお願いね♪」
 「ああ」
 嬉しそうな表情で俺を見る久遠に答える。やはり友達に送ってもらうのを頼むのに、気が引けていたのだろう。だからそれを避(さ)けられて、あんなに嬉しそうな表情をする。
 天海大学の正門が見えてくる。天海大の正門前には、ぞろぞろと人の流れが出来ている。俺は正門前にびったりと着けるように停車して、久遠を降ろす。
 「行ってくるね」
 久遠はパタンとドアを閉めて、俺に手を振る。
 「ああ、じゃあ帰りにな」
 窓を開けて、呼びかけるように答え、ついでにとばかりに久遠に手を振り返す。久遠が正門へと入っていくのを見届けてから、勤務先へと向かった。
 
 
 
 
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