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 遥か幼少の記憶……。
 今にも薄れそうな記憶の断片。
 それは、少女と桜の木の下で遊んだ記憶だった。
 俺にとってその少女は初恋の君――
 この恋は実らないと解りきっていたのにもかかわらず、彼女から離れてしまったほうがお互いにとって好ましいことだと解っていたにもかかわらず、俺は愚かにも少女から離れなかった。


 ……感傷的になってしまった。今の俺にはらしくないことだな。なにせ道化を演じているのだから…。
 やはりここは、俺にはまだ辛すぎるようだ。
 俺は、彼女と昔遊んだ場所を見ながらそう思った。


 なにか理由があったわけでもない。
 なにか目的があったわけでもない。
 ただ、なんとなく、ここにきたかっただけだ。
 懐かしい土の香りが漂うこの場所に。
 ほどよく柔らかな三月の陽光がさすこの場所に。
 生ぬるい風に踊る、淡い色彩の花吹雪が眼前に広がっていくのを知覚する。

 どれをとっても、昔(きおく)と変わらない。
 帰ってきたなと実感させられる。
 去年の今よりちょっとだけ早い時期に、俺は北国の親元をひとり離れて、生まれ故郷であるここ桜坂市に戻ってきた。だが市に戻っても、『帰ってきた』と実感が湧かなかったのに、この場所は、ここに来る度にそんな実感を与えてくれた。

 ただ変わったと言うべきなのは、丘の上に揺るぎなく存在するふたつの樹だ。
 たったそれだけが明らかに昔とは異なっている。

 ふたつの樹の一方、力強くも優しげな幹に背を預け、足を投げ出し腰を下ろす。物言わぬ樹はただ俺の体を受けとめて立ちつづける。

 自然と口を突いて流れでた旋律(メロディー)。今まで遠い記憶の中に埋もれていた、もの悲しげな短調。
それは、始めて口笛を覚えたときの練習曲でもある。口笛が出来るようになったら少女に聴かせようと思ったのだが、結局聴かせられなかったな。

 背中を支える硬い感触。
 しかしこうして舞いおちる薄桃色の花弁を眺めていると、体ごと幹の中に吸いこまれてしまいそうな感覚に陥る。

 「気持ちいいと思いませんか……」
 その声が俺の鼓膜を震えさす。
 「桜香……」
 「待って……いました……」
 「俺は……」
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