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                     1.
 ぼくのしょうらいのゆめは、くおんでもつかえるきかいをつくることです。
       1ねん2くみ  わこう ゆうと 
 
 
 懐かしい夢を見た。遠い遠い昔の夢――
 昔すぎて忘れ去ってしまっていた過去が、そのまま夢になって出てきた。
 

 「……と、……に………よ」
 聞き慣れた声がまどろみの中、かすかに聞こえてくる。しばらくすれば、きっと久遠が俺を起こしにここにくるだろう。それまでは、眠っていようと考え、頭まで布団を被る。
 「悠人、起きろ~」
 いつの間に忍び寄ったのか、俺のすぐ近くから聞こえてくる。……ドアを開ける音、全然聞こえなかったぞ。
 「もうちょっと寝かせてくれ~」
 ……いつもより高い自分の声に少し違和感を感じる。風邪でもひいたのかな。
 「駄目だよ、早く起きてよ!」
 久遠のほうは、俺を起こすことに夢中で俺の声がおかしいことに気付いてはいなかった。それどころか、布団に包(くる)まっている俺に見かねて、「こうなったら、じつりょくこうしをしちゃうよ」と棒読みで言ってくる。そして、布団を手に取り、剥がそうとする。
 ふっふっふっ、久遠め。いくら風邪をひいていようとも、俺に力で勝てると思っているのか。この勝負なら俺に分がありすぎるだろう。そこで俺の気が済むまで無駄な努力をするが良い!
 「えいっ!」
 無駄だ、久遠!そんな力でこの俺が布団を手放すとでも思っているのか。例え、宙に浮かされようとも俺は放さないぞ。
 ……待て、何故俺は宙に浮かされているんだ?
 久遠の力じゃ無理だろう?じゃあ、何で俺は宙にいるんだ?
 寝起きで頭が回らない。
 考えがまとまらないまま、布団とともに床に落ちていく。
 「悠人?」
 久遠もこの結果は予想していなかったらしく、目を丸くしていた。俺はそう思っていた。久遠の次の言葉が発せられるまで……。
 「悠人……だよね?」
 明らかに俺が悠人であるか確認するためのものである。一体久遠は何が言いたいんだ?しかも久遠は俺を見て何故か動揺している。まったく、訳がわからない奴だな久遠は……。
 「何を言っているんだ、久遠?もうボケたのか?」
 「悠人……だね。その口調は……。まだ気付いてないの?」
 「何にだ?お前が痴呆症になったということなら気付いているぞ」
 「あのね、悠人、落ち着いて聞いてね」
 まあ、そこまで言うんだったら聞いてやるか。
 「ああ」
 「焦らず、取り乱さず、それでもって茶々を入れずに聞くって誓える?」
 「結婚の誓いだろうが、何だろうが誓うから、早く喋れ!」
 誓うだけなら、何でもしてやる。契約書にサインが必要ないんなら、踏み倒しも出来るしな……。
 「じゃあ、一応それも誓ってもらって……。じゃあ、話すよ」
 ……一応って、いい加減だな。
 まったくこの頃、俺のあしらい方を覚えやがって。
 「あのね悠人、子供になってるよ」
 あの久遠が俺に喧嘩を売っているぞ。いや、俺に感化されてジョークを言っているのか?
 どちらにしろ笑えないな。
 「久遠、笑えない冗談は場を白けさせるだけだぞ」
 心優しい俺はしっかりと久遠に忠告してやった。
 「冗談じゃないんだよ。そんな冗談言うの悠人ぐらいだもん」
 そうか……さっきの笑えない冗談はこのための布石だったんだな。
 くっ、久遠に一本取られてしまったぜ。
 「……鏡見たほうが早いね。はいっ」
 結局、悠人、茶々入れてたし……、とぶつぶつ言いながら手鏡を渡す。その鏡を見ると、俺の姿はどこにも見当たらなく、代わりにどこぞにいるような子供の顔(俺の幼少時の姿でもあるが)が映っていた。
 「………」
 「………」
 俺も久遠も喋らずに沈黙が訪れる。
 頭の中ではわかっていたのだ。俺が子供になってしまったのだと……。そうすれば、俺が久遠に力負けした理由も、いつもとはまったく違う久遠の反応にも、そして俺の声がいつもより高かったことにも説明がつく。やはりここは、あのお決まりの言葉を使うか…。
 「なんじゃ、こりゃ~~~~~~~~~!!」
 手鏡に映る姿に呆然と立ち尽くす。何度確かめてみても、俺は子供の姿。
 「……とりあえず、朝食にしようか?」
 「そうだな……」
 全然お腹は減っていなかったが、嫌なことを忘れようと逃避に走る。……こんなに意識している時点で、効果などしれているのだろうが、やらないよりはマシだろうと自己完結させる。そして、久遠に続いて寝室から出て、リビングへと向かった。
 「ところで、久遠。早く行かないと大学に遅れるぞ」
 これから朝食を作ろうとしている久遠に忠告をする。
 ハプニングの所為で、いつもより時間がかかったために(……俺が茶化していた所為でもある)時計の針がそろそろ出ないと遅刻する時間帯を指し示していたのだ。
 「えっ!?」
 俺が久遠のことを送っていける状態であるならば、まだのんびりとできる。だが、今の俺が車なんて運転した日には報道沙汰になってしまうからな。なにより警察に捕まってしまう。よって、久遠には自転車で大学に行ってもらわなければいけない。
 「何だ~、まだ大丈夫じゃない」
 「今日俺はお前を送っていけないんだぞ」
 「それでも大丈夫だよ。悠人がいれば、私でもバスに乗れるもん」
 なるほど、その手があったか!だが、この格好で会社に行けるほど、俺には度胸がない。
 確かに俺は三日間、仕事の追い込みのために(というよりは、俺が一段落付きたいがために)会社に籠もって――
 ………あれ?肝心の内容が思い出せない。思い出そうと試みたのだが、どうしても朝のショッキングな出来事を思い浮かべてしまう。しかも映像付きでだ。やはり朝のあれは強烈だったみたいだな。
 「この格好で会社もいけないだろう?だから、俺が外出する必要性なんて、どこにもないんだ」
 結局、思い出すのを諦めることにして、久遠に返答をだす。
 「そっか……。それじゃあ悪いけどもう行くね。ご飯作れないけど許してね。それとちゃんと休みますって会社に連絡するんだよ?」
 いつも通りにテーブルの横に立てかけてあった鞄を取って、急いで家から出ようとする久遠に「ああ。んじゃ、いってらっしゃい」と呼びかける。
 「いってきます」
 俺の呼びかけにきっちりと答えてから、玄関の扉が閉まる音が聞こえた。慌しく出て行った久遠を見て、少し罪悪感を感じる。
 子供服が家にあれば、一緒にバスに乗ってやることも出来たんだけどな。って、しまった!?久遠に服を買ってきて欲しいと頼むのを忘れてた……。まあ、仕方がない。明日頼むか。
 さてと、俺も会社に休みますと連絡しておくか。え~と携帯はっと……。
 家の中を隈なく探したけれど、携帯はどこにも見当たらなかった。幸い携帯の番号は、控えていたから、鳴らしてみることにした。家から着信音が聞こえなければ、会社に忘れてきたということだろう。探す前にこうしていればよかったと後悔しながら、俺は番号を押していった。
 着信音はなかった。俺は会社に忘れてきたのだと確信して、受話器を置こうとした時、返事が聞こえた。「はい、若生です」と、聞き覚えのある声で……。その声は、俺の上司である幸田さんの声みたいだった。
 「えっと、幸田さんですか?若生です」
 「ええと、若生くん?声が変だけど風邪かい?」
 やはり幸田さんは、声変わりをしていない今の俺(こども)の声に少し躊躇っていた。
 「はい」
 「そうか…。君には無理をさせすぎてしまったようだ、すまないね」
 現在のプロジェクトで、俺は要ともいえるポジションについていた。だから連日働きづめで、休むなどもってのほかだった。そしてやっと昨日、一段落ついて実に5ヶ月ぶりに定時に帰宅できたというわけだ。
 「いえ、風邪を引いてしまったのは、私の体調管理の甘さが原因ですから」
 「予定より早く進んでいるし、しばらく大事を取って休んでいいからね。みんなには僕からちゃんと言っておくから」
 「はい、すいません」
 「そうそう、君の携帯は氷室に管理させておくからね」
 氷室さんか…。俺の分の仕事も氷室さんにまわるんだろうな。すみません、氷室さん……。俺は心の中でそう謝罪しながら、幸田さんに「わかりました」と返事をした。
 「それじゃあ、お大事に」


                    2.
              -----Side kuon-----
 髪が乱れているのにも気にせずに、私は学校に向かっている。うぅ、機械音痴が治ればこんな苦労しなくてもいいのに……。せめて、子供服があったら悠人と一緒にバスに乗れたのに……。うんっ、決めた!
 「子供服買ってから帰ろう」
 そして、明日は悠人と一緒にバスに乗って学校に行くんだ。決意を口へと出しながら、坂道を登っていく。もちろん自転車から降りて、押している状態でだ。乗りながら坂道を登るなんて荒業は、私には出来ない。そんなことしたら、スタミナが切れちゃって、学校まで持たないもん。
 「おはよう、久遠」
 声のした方向に顔を向けるとそこには、大学で友達になった遥香がいた。遥香とは受講するものが全部同じだから、大学にいる間はずっと一緒だ。遥香と友達になったきっかけも実は、ここにあったりする。講義の度に遥香と会うので、話しかけたのだから。
 「おはよう、遥香~」
 「今日は、自転車なのね」
 私の格好を見ながら遥香は言った。遥香の方はというと、歩きで学校に行っている。……遥香の家は大学から徒歩で20分程度のところにある。
 自転車くらい使えばいいのにと以前、言ったんだけど、遥香は「良い運動になるのよ、これが」と笑って、私の言葉を軽く受け流していた。そのおかげかは、わからないけれど、遥香はスタイルがいい。あとで知ったことなんだけど、この他にも遥香が自転車で登校しない理由はあったのだ。……私はそっちの理由に納得した。
 「うん、悠人が今日は送れないって……」
 「まだ忙しいの?」
 「そうみたい」
 真実半分、虚偽半分。
 本当のことを言っても信じてもらえないと思うから、仕方がない。そんな風に自分に言い聞かせながら、私は遥香に嘘を言った。
 「そっか。……何時頃終わるのか、聖(ひじり)に調べさせてみようか?」
 聖というのは、遥香の彼氏のことだ。フルネームは天沢聖。私は遥香と学校でずっと一緒だから、必然的に遥香の彼氏である天沢くんとは、よく会うことになる。
 彼を一言で表すなら、『探偵みたいな人』だ。
 ニュースより先に事件のことを取り上げて、詳細まで私たちに話したこともあったほどだ。思わず私は「一体どうやって、その情報を仕入れてきたの……」と呟いたこともあった。彼はそれに「企業秘密だよ」と笑いながら返して、その話は終わったけれど……。 
 ……どっちかというと『謎多き人』かもしれない。
 心の中で自分の言い表わした一言を訂正し、遥香に返事をする。
 「いいよ、やめておく」
 悠人が子供になったことまで知られそうだから……。
 「そう?わかった」
 その後は、遥香と今日の授業のことについてとか、他愛のないお喋りをして大学に向かった。
 ぽつぽつと見えていた人の数も、正門前まで来るといつの間にか大勢になっていた。
 「いつも思うんだけど、この学校、正門から学校までやけに距離があると思わない?」
 「そうだね。しかも坂になってるから大変だよ」
 まあ、それはこの学校が、というかこの街が山を切り拓いて出来たものだから、必然的に坂が多いのも仕方がないことかもしれない。
 「でも、秋になれば逆にそれを感謝するわ。紅葉と黄葉を観賞しながら登校できるのだもの」
 「そうだね、秋だけは登校するのが楽しく感じるよ~」
 それでも、わたしにとっては、プラスマイナスでいったら、マイナスなんだけれど……。きっと遥香はプラスマイナスゼロ、……もしかしたらプラスだ、って考えてるんだろうな。遥香は、美しい自然を眺めることが、大が付くほど好きなのだから。……ちなみに遥香は写真部で、風景写真を撮っていたりする。
 天沢くんも遥香と同じく写真部に所属している。遥香は、天沢くんを足(車で登校しているから)にして、それこそ雪月花をレンズに写すために奔走している。
 私も、悠人が「帰りは送れない」と言ったときには、彼に家まで送ってもらっている。前までは、送ってもらう代わりに、写真部のお手伝いをすることになっていたんだけど、何台かカメラを壊してしまってからは無条件で送ってもらえるようになったのだ。
 ………素直に喜べないなぁ。はぁ、自分のあまりの機械音痴さが少し恨めしい。
 少し憂鬱な気持ちになりながら、自転車をとめて校舎へと入る。
 「おはよう、遥香、支倉」
 校舎に入ってすぐに誰かに呼びかけられる。視線を上げると声の主は、天沢くんだった。
 「ああ……、天沢くん。おはよう」
 「おはよう、聖」
 「ん?どうしたんだ?支倉。元気がないぞ」
 どうやら、顔に出ていたらしい。……だから、悠人に「おまえの考えなんて、お見通しだ」って、しょっちゅう言われるのかな?
 でも私だって、悠人の考えてることぐらい半分は分かるもん。……あとの半分は推測さえ出来ないけど。でもそれは私以外の人にだって、やっぱりわかることじゃないと思う。
 「……支倉?」
 「そっか、聖は久遠がこうなるの始めて見るんだったわね……。この子ときどき、ああなるのよ。…久遠のこの状態は、若生くんのことを考えてるときよ。返事がないときは、大抵そうだから」
 「そうなのか。それで、こういうときはどうしているんだ?」
 「放っておくのが一番いいわ。数分でこちらの世界(こっち)に戻ってくるから」
 「そうか……」
 ……悠人だって、私の全てを理解しているわけじゃない。完全に全てを把握できるのは、あくまでも自分だけなのだ。
 それでも、悠人はすごいと思う。だって私の考えていることを9割がたは理解して(わかって)いるのだから。………ところでなんで悠人のことを考えてたんだっけ?う~ん、それどころか、何の話をしていたかさえ忘れてるよ~。
 「え~と、何の話してたんだっけ?」
 「おっ!戻ってきたな」
 天沢くんが私に向かって、意味不明なことを言う。戻ってきたなんて、まるで私がどこかにいってたみたいだよ。
 「えっ、えっ?戻ってって、何が?」
 「ふふふ、なんでもないわよ。ね、聖?」
 「ああ」
 う~ん。何だか気になるけど、まあいいか。それよりもはやく教室に行こうっと。

3.
 お目当ての子供服を買うのは、すごい大変だった。買うこと自体は、手間でも何でもなかった。店は帰り道の途中にあるので、遠回りということもない。だけれど、買うときのあの好奇な視線が気になってしまった。『えっ、あの年で!?』というような驚きの視線など、耐えられるものじゃなかった。
 「悠人を連れてきてたら、もっとひどかったってことだよね?」
 ぽつりとそうこぼして、私は悠人が一緒じゃなくてよかったとついつい思ってしまった。
 「買いたい物もないし、このまま帰ろうかな…」
 自転車のハンドルを握り、少し勢いをつけてから乗る。
 
 
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                     0.
 ピピピピ、ピピピピ
 三日ぶりに眠りにありつけた俺を、無慈悲にも目覚まし時計が「起きやがれ、悠人!」と、がなりたてている。流石に目覚ましに「もう五分眠らせてくれ」と、言っても通じるわけもないので、眠い目を擦りつつゆっくりと起きる動作をする。
 「ふぁ~あ……」
 我ながら間の抜けた声をあげたなと思いながら、ベッドの上でピンッと背伸びをして眠気を払いにかける。完全に眠気がとんだところで、俺はパジャマを脱いだ。新品みたいに皺一つついていないワイシャツに袖を通し、窓にかかっている水色のカーテンを開け部屋に陽光(ひかり)を射れた。
 「悠人~、ちゃんと起きた~?」
 ピンポーン、とチャイムを鳴らして、いつも定時に俺が起きているか確認しに部屋へとやってくるのは、俺の幼馴染の支倉久遠(はせくらくおん)だ。……ちなみに俺が寝ている場合、合鍵で部屋に入ってきて俺を起こしてくれる。彼女(こいつ)とは、物心がつく前からずっと一緒で、産まれた病院から誕生日まで同じ。そして家は隣同士と見事なまでに腐れ縁が続いている。
 だから親は久遠のことをよく知っているし、そんな久遠だから合鍵を預けたのだそうだ。……俺一人だけだと頼りないからだとか両親は言っていた。もっと一人息子である俺を信用してもいいと思うんだがな。
 俺が久遠のことを一言で表わすのなら、『極度の世話好き』だ。彼女は兎に角、人の世話を焼いてくる。それも身内や親しい者なんかには、過剰と言っていい程にだ。
 高校を卒業して、やっと親元を離れて一人暮らし(アパートの205号室に住んでいる)をするようになったっていうのに、引っ越した先にまで彼女はやってきた(それも俺の隣の部屋にだ)。まあ、そのおかげで俺の部屋は散らかっていないんだけどな。ワイシャツの一枚一枚全てが皺一つないし、洗濯物だも溜まることはないのだ。熱い味噌汁だって毎朝飲めるのだ!!
 ……うわっ、俺って全部久遠任せじゃん!でも今は会社が忙しいから、何をするにも時間が足りないんだよな……。
 「悠人?勝手に入るよ~」
 声からしてもう俺の寝室の前に立っているようで、考えることに没頭して久遠に返事をするのを忘れていた俺を、寝ていると思ってこれから起こしにかかろうとするようだ。
 「ああ、すまん。起きているぞ、久遠」
 ドアを開けて久遠の顔だけが寝室に入ってきた時に、俺はそう久遠に言った。近頃は会社で寝泊りをして仕事をこなしていたので、久遠の顔を見るのをずいぶんと久しぶりに感じる。……とはいってもたったの三日ぶりだったりするのだが、それでも久遠が、正確に言うのなら久遠の料理が恋しいと思っていたのだ。こいつの料理は一級品だからな。
 「もう、起きているならそうと早く答えてよ……」
 非難する久遠も言葉とは裏腹に表情は嬉しそうだった。久遠(こいつ)の場合はテレビが目的だったりする。なにせこいつは壊滅的なまでの機械音痴でテレビを点けて、チャンネルを変えるなどという簡単な行為でさえ駄目だったりする。
 家事に必要な機械製品の扱いは、俺や久遠の両親と実施した血の滲(にじ)むような猛特訓のおかげで出来るようにしたが、その間殉死した(故障ではないところがミソだ)機械製品は、洗濯機が4、電子レンジ2、掃除機3、アイロン3、電話機3、炊飯器3という数だ。
 テレビやビデオといった娯楽等の製品のものなど、家事には必要のないものは全て、久遠が扱うのを久遠の親が禁止にしていたため扱えなかったりする。ちなみに久遠は車やバイクは、親に一生涯諦めなさいと通告されていたりする。そのため久遠は大学に行く時は、自転車で行くか俺が車で送るかのどちらかになる。久遠の通う学校は、俺の通勤路に位置しているからついでに乗っけているというのだ。
 「それじゃあ、朝ご飯作るね」
 久遠は俺が起きていることがわかるとすぐさま、朝食の準備にとりかかるためにキッチンへと向かっていった。
 俺は久遠が飯を準備する間に、会社に行く準備にとりかかる。それが日常(いつも)の生活……。……この忙しかった三日間には常に違和感が付き纏っていると感じたくらいだ。
 「悠人、テレビつけて~テ・レ・ビ♪」
 久遠は久々にテレビが見れると心が弾んでいるせいか、足取りまで軽い。だが、そのせいでお盆で料理を運んでいる久遠が、やけに危なっかしく見えた。
 「はいはい」
 少しだけ苦笑して、久遠の要求を叶える。そうしないと久遠は俺に朝食を渡さないからだ。以前、この要求を蹴った時なんか、久遠は飯を没収するという暴挙に出たことを俺は今でも鮮明に覚えている。
 「え~と、これがいいかな……。悠人~、目覚めのテレビにしてね」
 新聞を見ながら、久遠は弾んだ声で見たい番組名を俺に告げた。俺は久遠の注文通りにした後、テーブルに並べられた久遠特製の朝食を食べ始めた。その俺の正面には、テレビを幸せそうな顔で堪能している久遠がいる。今の久遠なら頬を引っ張ってもきっと気付かないだろうなと考えつつ、箸をすすめていく。
 「いひゃいよ、ひゅうほ(痛いよ、悠人)」
 ……訂正、俺は無意識のうちに左手で久遠の頬を引っ張って遊んでいたらしい。ふむ、よくあることだな。抗議の声?を上げる久遠を無視して、俺はもう少し頬を引っ張る感触を楽しむことにする。
 「ふぁひゃく、ふぁにゃしゅてふぉ~(早く、離してよ~)」
 「く、久遠、ついに言語障害まで……」
 ああ、嘆かわしいという表情をつくって久遠をおちょくる。
 「ひゅうほ!(悠人!)」
 久遠は怒っているというのに、頬を引っ張られている所為で迫力が全然ない。それどころか、涙目でみつめてくるその姿が(本人にしては、睨んでいるつもりなんだろう)、俺には可愛らしく感じてしまう。
 ……はっ!?和んでしまった。
 「すまん、すまん、そんなに怒るなって。そうだよな、言語障害じゃないもんな。新しい言語『支倉語』を話しているんだもんな」
 久遠の弁明(勝手にそう判断した)を受け、俺は自分の非を漢らしく認めた。もちろん可哀想なものを見るような目つきで久遠のことを見ることを忘れずにだ。
 「そろそろ離してやるか……」
 たっぷりと久遠で遊んで満足したので、開放してやることにする。
 「悠人のぉ~、バカ~」
 久遠の怒鳴り声を聞き流し、テレビに映っている時計を横目で見る。一頻り叫んで楽になったのか久遠は素に戻った。
 「おっ、そろそろ時間だな。ほれ行くぞ、久遠!」
 椅子にかけておいたスーツの上着を着込んで、ネクタイを締めなおす。その間に久遠は、拗ねながらもきっちりと食器を洗い、棚へと戻す作業をこなしていた。
 「あっ、待ってよ。悠人~」
 久遠はあたふたとテーブルに立てかけておいた鞄を持って、俺の後に続いて玄関から出ていった。
 空は蒼く、曇は一つもない。太陽は10月だというのに、じりじりと俺たちを照らしている。睡眠不足だというのにこの仕打ちは正直きついと心の中では涙を流していた。
 「悠人?早くいかないと遅刻しちゃうよ」
 久遠は車の前で俺が来るのを急かした。
 「ああ」
 久遠に返事を返しつつ、ロックを解除する。それに遅れること数瞬、俺は久遠の為に助手席のドアを開けた。久遠が座るのを確認したらドアを閉めて、運転席へと移動する。
 音楽を流しながら、のんびりと俺は運転する。ここから久遠の通う私立天海(あまみ)大学まで自転車で45分、車では17~19分という距離だ。その間、久遠はいつも俺が適当にかける音楽を聞いたり、窓の外を眺めていたり、俺と喋ったりして時間を潰している。
 俺の勤めている会社は、この天海大学前の通りを直進して三つ目の信号を左に曲がったところにあるから、久遠を降ろすとすぐに職場につける距離だ。
 「悠人、今日は何時ごろ仕事終わるの?」
 この手の質問は、久遠が俺の車で登校する時に必ずといっていいほど訊いてくる。何故ならそれによって久遠の下校手段が違ってくるからだ。俺の仕事が早く終わる時には帰りも俺が送り、遅い場合は友達に送ってもらっているらしい。
 「そうだな……。今日は仕事がやっと一段落着いたから、早く帰れるぞ」
 明日からまたしばらくの間、缶詰だけどな……。
 「そうなんだ、じゃあ帰りもお願いね♪」
 「ああ」
 嬉しそうな表情で俺を見る久遠に答える。やはり友達に送ってもらうのを頼むのに、気が引けていたのだろう。だからそれを避(さ)けられて、あんなに嬉しそうな表情をする。
 天海大学の正門が見えてくる。天海大の正門前には、ぞろぞろと人の流れが出来ている。俺は正門前にびったりと着けるように停車して、久遠を降ろす。
 「行ってくるね」
 久遠はパタンとドアを閉めて、俺に手を振る。
 「ああ、じゃあ帰りにな」
 窓を開けて、呼びかけるように答え、ついでにとばかりに久遠に手を振り返す。久遠が正門へと入っていくのを見届けてから、勤務先へと向かった。
 
 
 
 
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